« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月

2008年10月28日 (火)

日本地図大鏡

9月の末に「フェルメール展」を見に行ったことは書いた。その折に上野にある東照宮の鳥居の下に「不」が刻印された几号水準点があるというので見に行った。これは今までのように石垣などに刻印したものでなく現在の水準点のように石の角柱が埋めてあり、その頂面に「不」の字が刻れていた。鳥居をくぐり石段を登って、上野の東照宮を参拝した。そうしたら偶然、社殿で松浦武四郎が奉納したというPhoto_2 「日本地図大鏡」と対面することができた。松浦武四郎(1818-1888)は伊勢に生まれ長じて北海道、樺太を探検し、後に函館奉行の差役頭取となり、明治の世よとなってからは函館府判事、開拓地御用掛などを歴任した人で、晩年は神田五軒町で亡くなっている。
 上野東照宮の社殿の中は暗く、鏡に何が彫られているのか良く分からなかった。上手く写るか分からなかったが、デジタルカメラで撮ってみた。パソコン上で拡大してみたら、南を上に沖縄から九州、四国、本州、北海道と、樺太までが描かれ、「北の海、南の小嶋、西の国もつ」との刻印も読めた。この大鏡は、ここ上野東照宮のほかに京都北野天満宮、大阪天満宮、吉野金峰山神社、大宰府天満宮にも奉納されている由。説明書きには「大鏡には千島は日本の領土として明示されている」と書かれていたが、刻印としては見られなかった。しかし、地図としては樺太まで描かれ、先述した刻印から「わが国」と読み解ける。これはフェメール展を見に行った時の余禄であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月27日 (月)

地図男

 ひさびさに「地図」を題材にした小説がでた。しかも新聞の書評によると著者 真藤順丈 (しんどう じゅんじょう)は、「ダ・ヴィンチ文学賞大賞」、「第15回日本ホラー小説大賞大賞」、「第3回ポプラ社小説大賞特別賞」と2008年の主要な新人賞を3つも受賞した超大型新人と紹介していた。興味をそそられ早速、購入して読んでみた。物語は主人公が大判の関東地域地図帖を小脇に抱えた奇妙な流離者と出会う。これが「地図男」で、彼が抱えている地図帖にはびっしりと、土地ごとの物語が書き込まれている。書き込みは地図帳の余白では足らずたくさん付けられた付箋にもある。主人公は、その地図に記された無数の物語の断片を読みすすむ。小説で紹介されている土地とそこにまつわる物語は、千葉県北部を旅する絶対音感を持つ幼児の話、東京23区の区章をめぐる闘いの話と、奥多摩でのアキルとムサシの悲しい恋物語の3編だが、その背後に見え隠れする女の人と物語に隠されている「地図男」の謎にせまっていく。小説と地図に書き込まれた物語が「入れ子」のようになったなんとも不思議な読み物であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

塔のへつり

会津のImg_0133旅の宿は、阿賀野川の上流、大川の渓谷にそって立ち並ぶ「湯野上温泉」であった。ここは熱海などのような喧騒な賑わいの温泉街はなく、 紅葉がはじまった渓谷にひっそりと佇む静かな温泉で、渓谷沿いの露天風呂も風情があった。
 翌日は宿の車で「塔のへつり」まで送ってもらった。「へつり」とはこの地方の方言で崖を意味するそうだ。大川沿いに約200mくらいだろうか石の塔のような柱状の断崖が続いている。一帯は第三系の凝灰岩、凝灰角礫岩、頁岩の互層でなり長年にわたる河の水の浸食と風化でこのような奇景を呈するようになったのだ。1943年Img_0126(S18)に河食地形の特異例として国の天然記念物にも指定されているそうだ。それにしても紅葉のはじまった「塔のへつり」の景観は、素晴らしかった。ここから程近い無人駅の「塔のへつり駅」付近のクヌギ林も清々しく気持ちの良い所であった。 東京から程近くでもこんな場所があるのだな、と感心しきりの旅だった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月25日 (土)

大内宿

 先週(10/15-16)と会津を旅してきた。会津若松と日光今市を結ぶ「会津西街道」の宿場町、大内宿である。藤沢周平の映画のセットに迷い込んだかとImg_0109 思うような、江戸時代の雰囲気が残る、全長約500mの街道両側に茅葺寄棟の木造民家群が立ち並ぶ。街道の両側には水路が流れている。かっては飲み水に使ったのだろうか? それとも冬の融雪溝を兼ねているのだろうか? 教育委員会の立て札によると、「会津藩の初代藩主 保科正之、二代目藩主 正経等は参勤交代で江戸に向かう時にこの宿場を使い昼食をとった」と記録にあるそうです。現Img_0118 在、本陣は「街並み展示館」として利用されているが、戊辰戦争の時の激戦地であり図面等が散失したため、同街道の糸沢宿、川島宿の図面を参考に復元されたものだそうです。われわれもこの宿の一軒「山形屋」にあがり、囲炉裏端で岩魚の骨酒とおでんを頂き、しばし江戸時代にタイムスリップしたような感じを満喫した。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年10月10日 (金)

特異日

今日10月10日は“はれ”の「特異日」です。特異日とは気象学の専門用語で、その日に特定の天気が現われることを言います。何故そうなるか気象学的には分かっていません。統計的にその日に限って「晴」なら必ず晴れの天気となるという現象です。外国でもそうした傾向が確認され、英語ではSingularityと言います。今から44年前に東京オリンピックが開かれました。開会日を10月10日に決めたのも東京における「晴れ」の特異日だったからと言われています。実際に前日はものすごい雨だったと記憶しています。が、明けて10日は、ものの見事に晴れて素晴らしい青空の下、開会式が挙行されました。ほかに私の知っている特異日として、11月3日の「文化の日」も晴れの特異日です。逆に3月30日は、「雨」の特異日です。特異日でないかもしれませんが、7月7日の七夕の日は晴れる確率が低く、私の経験則でも彦星と織姫星を仰ぎ見ようと思っても中々見る機会に恵まれなかったと思います。それに対し今日10月10日は、正に晴れました。わが家の玄関横に植えてあるキンモクセイの馥郁たる香りを風が運んできます。その風は庭のシュウメイギクの白い花々をも揺しています。そんな景色を眺めながら「特異日」を思い出し、書き記してみました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 6日 (月)

フォレストベンチ工法

先日(10/3)スペーシャリストの会の総会が行われた。その特別講演で「フォレストベンチ研究会」を主催する栗原光二先生のお話をお聞きする機会を得た。『フォレストベンチ』とは聞きなれない言葉だが、先生によると“斜面をPhoto_3 「棚田」のように段々にして出来た平面に植樹をすると数年で森になり、斜面も安定する”と説明してくれました。棚田は斜面を階段状に分割して水平 面を造りそこに水を引き入れ、稲を植える。山がちのわが国で は古くから斜面を耕地に変える工法として造られてきた。この棚田が崩壊したと言うことはあまり聞かない。それは、水平面は重力方向に直交し、田の中の土は真上方向に反力2_3 が掛かるので、摩擦力が最大となり安定しているからです。先生は“この「棚田」に学べ”と説きます。『フォレストベンチ工法』は、棚田と同じように斜面に段々を造り、段を支える鉛直壁を鋼製ネットで覆い、このネットにアンカーボルト(鋼棒)を繋ぎこれを背後の土中に打ち込み抜けないように固定する。段々には土を埋め戻し水平面をつくりここに“イネ”ならぬ樹木を植える。鉛直壁の前面は間伐材の丸太などを並べ見た目も美しくする工法だそうです。フォレストベンチ研究会では8年間にたくさんの実績を重ね、2003年度には建築・環境デザイン部門で“グッドデザイン賞 金 2_2 賞”も受賞したそうです。起伏の多いわが国の鉄道や道路の法面は従来、コンクリートの吹き付けやブロック擁壁で支えてきた。それは見た目にも決して美しいとは言えないし、地震や大雨の災害に対しても強くはない。それに対し今回たくさんのスライドを見せて頂いたが、壁面は間伐材の丸太でお洒落だし、力学的にも十分な支持力を持ち、数年すれば木々や草に覆われ自然の森のように見えはじめ、深く伸びた木々の根は斜面を支え、正に持続可能(Sustainable)な斜面擁護工法だと思いました。その意味で、先生が『斜面は大きな可能性が眠っている』と語る言葉がわかる気がした。数年前オーストリアのウィーンからバッドダツマンドルフへ車で走った時、木のガードレールに心和ませられた。間伐材の処理に窮しているわが国も、ガードレールこれを使えばよいじゃないかと思ったが、ガードレールは勿論、斜面の多いわが国ではむしろ「これだ!」と思った。(写真とイラストは「フォレストベンチ研究会」のパンフレットから引用しました。詳しくは同研究会のHPをご覧下さい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

高分解能の定義

前回(9/30)「最近の地球観測衛星」について書いた。その中で、“高分解能”とか“小型衛星”という技術用語を記述したが、これらは修飾語であって科学・技術ではキチンと定義して使わなくてはならない。では現在、世界的にどう「定義」されているのだろうか?9/19のJARSの勉強会で村井先生が「2008 ISPRS Congress Book;Advance in Ph.,RS and SIS(CRC Press)」を要約し示してくれたものを紹介しよう。
 これによると、低分解能とは地上分解能が30m以上。中分解能とは3.1m~5m、高分解能は1m~3m、地上分解能が1m以下のものは超高分解能(Super High Resolution)と、定義しています。今年9月に打上げられたGeoEyeの地上分解能は0.41mなので「超高分解能」に、2006年に日本が打上げたALOSのPRISMの分解能は2.5mなので「高分解能」に分類されます。
 小型衛星の定義は、重量が1kg以下のものを「ピコサテライト」、1~10kgのものは「ナノサテライト」、11~100kgまでの大きさを「マイクロサテライト」重量が1t以上のものを「ミニサテライト」と分類しているそうです。人類最初の人工衛星はソ連が打上げたスプートニクです。これは直径が58cm、重さは83kgだったので現在の分類では「マイクロサテライト」に、また米ソ冷戦構造の中でソ連に対抗してアメリカが打上げた人工衛星バンガードは、直径が16cm、重さは1.6kgだったので「ナノサテライト」ということになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »