2012年2月 1日 (水)

立川断層

 1月29日朝日新聞の夕刊に「立川断層帯の調査を来年度から政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が重点的に行う・・・・」と言う記事が載った。さらに記事では、地震本部は30年以内にM7.4の地震が起こる確率が最大2%で、東日本大震災で起こる確率が高くなっている、とも報じていた。我が家から最も近い活断層であり、友人がこの断層は多摩川を渡ると何処に続くのだろう? と聞いてきたので少し調べみた。

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2012年1月30日 (月)

七福神めぐり7(平山陸稲)

  七福神めぐりも最終の寺にたどり着いた。我が家から近い「大澤山宗印寺」という禅宗の寺である。八王子の柚木にある金峰山永林寺の末寺、開基は知行の中山助六郎照守で、慶長4年に建てられたという。この寺のご本尊は聖観世049_2
音菩薩、この寺の縁起については日野市観光HPに詳しいのでそれを参照されたい。またこの寺には一の谷の合戦で名をはせた東国武士の平山李重の墓もある。この寺に祀られている七福神は「布袋尊」である。いつもにこやかに笑っていて、大きなお腹で背中にこれまた大きな袋を背負っている。この布袋さ052んは唐代末の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在した禅僧で名を釈契此(かいし)と言うそうだ。七福神の中で実在のモデルがあるのは布袋さんだけかな? そして背負っている袋には福財が入っていると言われ知恵と福徳を授ける神として信仰されている。さて、この寺でもう一つ大きな発見をした。「林丈太郎ここに眠る」と書かれた石碑があったのだ。

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2012年1月29日 (日)

七福神めぐり6(寺子屋・大仏)

 6番目に訪れたのは大久山善生寺、延命寺から豊田用水沿いに歩いて行った。ここで目につくのは境内の一段高い所に座す丈六(約4.8m)の釈迦牟尼大仏です。このお寺さんは日野市で唯一の法華宗の寺だそうです。開創は豊田村035
の地頭大久保勘三郎忠良の娘が22歳で亡くなり、その菩提所として1645年(正保2年)に大久保一族が信仰していた法華宗総本山本成寺の末寺として建立し036たと寺伝は伝えている。この寺に祀られている七福神は「大黒天」。この神様はヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラ、つまりインドから来た神様で、日本に来て仏教では天部の一人、軍神と富貴の神様とされるが庶民には福徳円満なお姿と小槌から無量の福が得られることから食物・財宝を司る福の神と見られている。この善生寺では大黒天勧請した所から小石を含んだ大石が出てきた事から「子寶大黒天」と呼ばれているそうだ。この寺の敷地面積は690坪余と広くかっては寺子屋があり、

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2012年1月28日 (土)

七福神めぐり5(板碑を見る)

 

大学や写真測量学会の仕事が入るとBlogが遠のく。七福神めぐりを急がないとお正月も終わってしまう。5番目に訪ねたのは有王山地蔵院延命寺である。川辺堀之内にある。開基は不明だが、一説によると新田義貞の鎌倉攻めで落武者となった内藤一族が帰農し、戦死者や先祖を弔うため堂宇を建立したとも伝えられている。ご本尊は運慶の作と言う延命地蔵菩薩像だが、秘仏として厨子内に安置され住僧1代1度の開扉がしきたりとか・・・・。ここに祀られている七福020
神は「寿老人」。石田寺で紹介した「福禄寿」と実は同体、異名の神とも言われる。寿老人は樹老人とも書かれ樹木の生命力から「長寿」を象徴している。こうして寺めぐりをしていると、各寺ごとに色々特徴がある。この寺は、最近立て直したらしくお堂は新しいが、本殿の裏にそびえるムクの木は大樹で、日野市の天然記念物に指定されている。寿老尊を祀る祠の後ろのウメの古木は樹齢100年とのことだ。また六道地蔵尊や板碑があったりこの寺は見るものが多い。特に私が注目したのは「板碑」である。

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2012年1月27日 (金)

七福神めぐり4(毘沙門天)

多摩モノレールの駅「万願寺駅」駅から西に歩いて約5分のところに安養寺と言う寺がある。正式には田村山極楽院安養寺といい、高幡山金剛寺の末寺で真言宗智山派に属する。一書によると万願寺の南東に接していたとも、あるいは前身が万願寺ともいわれる。が、今は万願寺と言う寺はない。ここに祀られている七福神は「毘沙門天」である。インド出身の神様でVizravas(ヴァイシュラヴァナ)、「良く聞くところの者」と言う意味で「多聞天」とも呼ばれる。日本での仏像は革製Bisyamon_3の甲冑に身をかため、宝棒(戟)、宝塔を持ち邪鬼を踏みつけていること、戦国時代の武将である上杉謙信が信仰したこと等から軍神とみなされが、実際は少し違うそうだ。「毘沙門天王経」には自分を信仰すれば、福徳・知恵・美貌・力・能弁など十種の利益があると記されていると言う。安養寺に安置されている毘沙門天像は藤原時代の作と言われ、関東地方でも傑出した仏像(木造彫刻)の一つで、日野市指定の有形文化財に指定されている。このほかにも大日如来立像は鎌倉時代の作、ご本尊の阿弥陀如来坐像(都重宝)で平安時代後期の作、と古い。安養寺のHPによると「万願寺のご本尊だったと思われる」とも書かれている。万願寺と安養寺の関係は何なんだろう?

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2012年1月15日 (日)

七福神めぐり3(カノープス)

2012年の日野七福神めぐりで2番目に訪れた「真照寺」、お寺の紹介はしたが肝心の七福神を書いていなかった。真照寺の本堂に向かって左側のお堂に祀られているのは恵比寿天(恵比寿さま)である。この神様は古くは漁業の神様で後に五穀豊穣、商売繁盛など農業や商業の神様となってもいる。 さて、次に訪ねたのは石田寺、この辺は日野市石田と言い旧石田村だったところで、多摩川と浅川の合流付近にある。旧村名は「いしだむら」と発音するが寺名は「せきでんじ」と呼ぶ。寺名はなぜか訓読みだそうだ。さてここに祀られているのは「福禄寿」。この神様はもともと道教の神で南極星(カノープス;竜骨座のα星)の化身で中国では南極老人ともよばれている。長寿の神様で寿老人と同一神とも言われている。竜骨とは古代ギリシャの遠征船「アルゴ船」の竜骨で、星座Arugosenではもともとアルゴ座(写真は星座図鑑から)の一部であったのが、竜骨と分離したから今は竜骨座でカノープスは竜骨に打たれた鋲頭というところか。このカノープス光度がマイナス0.9等でシリウスに次いで明るい星だが日本では高度が低く、大気や灯火の影響で見えることは稀である。日本名は「めら星」、千葉県の南端に布良(めら)という地名があるが、ここでのみ見られるということでつけられたのか? 除夜の鐘が鳴り終わる頃南の地平線に姿を現し、すぐ沈むことから「横着星」とも呼ばれる。日本でこの星を見ることが出来る人は正に長寿でないと見られないかも知れない。ここ石田寺は

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2012年1月 5日 (木)

七福神めぐり2(カンアオイ)

元日に行った七福神めぐり、2番目は「真照寺」である。京王線の百草園駅から徒歩2分。正式には清谷山蓮華院真照寺というそうだ。総本山は京都東山七条にある智積院で高幡山金剛寺と同じ宗派である。この地への開基は1012年~1016年頃と伝えられている。11004世紀の初め頃この付近は大きな集落があった(落川・一宮遺跡)ことが分かっている。また裏山に続く先には「百草園」があり、ここにあったとされる真慈悲寺との関係も推察されると、山門の説明書きに書いてある。それはともかくこの寺は大正10年に不慮の火事で、ご本尊の大日如来像と山門(写真は元禄15年創建の山門)以外の仏像・古文書がすべて焼失してしまったので、詳しいことは分からない。ただ江戸時代にはこの寺に寺子屋があり、明治時代には小学校の分校が置かれ、教育の中心となったことは確からしい。それより私が注目したのは寺の庭にカンアオイが移植されていたことだ。

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2012年1月 4日 (水)

大槌の船の漂流経路

朝日新聞の元日の朝刊に「大槌の船1500キロ先に漂着」という見出しで兵庫県香美町の沖合1.2kmの海上で小型船が漂流していたことを報じていた。この船は船体登録番号から岩手県大槌町吉里吉里漁港の船と分かった。昨年の東日本大震災の起きた3月11日に漂流してから296日、約1,500kmを漂流してきたことになる。朝日新聞は?をつけながらも漂流経路をPhoto_2図示(左)している。ところで我々が習う社会科教科書では右のような図(しまネットサイトから引用)が示されKairyuu
ることが多い。で、これを見る限り千島海流や対馬海流を逆行して北上し、対馬海流の分派流が東流する津軽海峡を横断し日本海に入るなど考えにくい。だが実際には

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2012年1月 3日 (火)

日付変更線が変わった

昨年末に地図上の境界が一部変更になった。太平洋の中央東経180度線上に沿って日付変更線が引かれているが、こ日付の変更線は真っすぐではなくギザギザしている。これは日付変更線周辺の国にその採択に委ねられているからPhoto
だ。これまで「世界で日付が変わるのが最も遅い国」を観光の目玉にしていたサモアは、2011年12月29日の深夜に1日飛ばして12月31日に変更してしまった。朝日新聞の図を左に引用する。理由は「経済活動を円滑にするため」としている。それまで貿易主要相手国が米国だったのが、最近はオーストラリアやニュージーランドが主要相手国となり、これらの国と1日近く時間差があるためこれを縮めるのが狙いだそうだ。報道では経済界や市民から歓迎する声が上がっている一方、観光業界からは懸念の声もあるそうだ。

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2012年1月 1日 (日)

七福神めぐり1

今年も元旦に日野の七福神めぐりをしてきた。高幡不動尊に初詣をし、ここからスタート。このお寺は正式には高幡山不動尊金剛寺という。開基は平安時代初期に慈覚大師円仁が清和天皇の勅願によって東関鎮護のために開いたと伝えられている。現在の不動堂は康永元年(1341)に儀海上人が再建したもので、それ以前は山中にあったが建武2年(1335)の大風で倒壊したためと伝えられている。再建から670年も経つ古いもので、国の重要文化財にも指定されている。お堂に祀られているのは丈六不動三尊で、こちらも重要文化財である。さてこの境内に祀られている七福神は

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